特別寄稿: 『カープ・シンフォニー』のこと

楽曲解説(全文)

 原爆ドームと広島市民球場の見つめた広島市復興の激動の歳月を思い、そこで原爆ドームに「老いた女性(母性)」、市民球場を「戦後生まれの若い男児」というキャラクターを与え、出会いから別れの半世紀を、私自身の思い出と重ねあわせながら描きます。

 各楽章には主に父・宮ア尚志作曲のカープ・ソングを主題として割り振っています。かつて作曲家達が地元に伝わる民謡を主題に作品を作ったように、カープ・ソングを“広島民謡”と捉えました。

 復興の支えとなった広島カープ及び広島市民球場のモチーフとして『それゆけカープ』のサビの一部「カープ、カープ…」の4音[右譜例参照]が全体に渡って登場します。極端な話、カープ・シンフォニーはこの4音による変奏曲の上にカープ・ソングが乗っかっています。

第1楽章: 三聖鐘 (Three Bells of Holy)

 公式応援歌「それゆけカープ」(作詞:有馬三恵子、作曲:宮ア尚志)を主題とする楽章です。三管編成。



 「原爆ドームのモチーフ」(上記譜例参照)に引き続き、応援歌のサビを変形した導入部「ブリリアント・ファンファーレ」で幕を開け、そして“祈り”を表す3つの鐘の音で始まる物語は第二次大戦後に残った原爆ドームの視点から綴ります。広島総合グラウンド(現コカコーラグラウンド)を拠点としたプロ野球チーム、広島カープの誕生を私設応援歌「廣島カープの歌」(勝て勝てカープ/山本寿 作曲)の断片的旋律で表し、次いで広島市民球場の建設のイメージへ。再び3つ鐘が鳴り、そして「それゆけカープ」が荘重に流れ出す時、戦後広島の精神、即ち平和への祈りと郷土愛を表します。サビがカノン でこだまする中、また鐘が3回鳴ります。フィナーレは弦楽のコル・レーニョ奏法(弓の棒の部分を弦に打ち付ける特殊奏法) で応援メガホンを模し、曲は冒険活劇的な展開へ。木管群が急降下する音はジェットバルーンを模しています(空襲ではありません)。最後には往年の「勝て勝てカープ」と新たな「それゆけカープ」が弦楽のパッセージとして登場して終わります。1975年、赤ヘル軍団による新しい時代の幕開けです。

第2楽章: ベースボール・ドッグ (Baseball Dog)

 1975年のリーグ初優勝を記念して書かれた「ヴィクトリー・カープ」(作詞:有馬三恵子、作曲:宮ア尚志)を主題とした楽章です。二管編成。

 市民球場のアイドルだった野球犬ミッキーがセッセと主審にボールを運ぶ姿を見て着想した、子供の頃の私ら(三兄弟)と父親とのキャッチボールの思い出です。「ヴィクトリー・カープ」に基づくイントロがあり、応援太鼓のリズムに乗ってミュート・トランペットが「ぼくらのカープ!」(作詞:有馬三恵子、作曲:宮ア尚志。1976年の優勝記念アルバム「VICTORY CARP〜やったぜ!赤ヘル軍団」に収録)の一節を奏でた後は、朝にグローブとボールを抱えて玄関から出ようとする男の子の心情を想像して聞いて下さい。気分はマウンドに登板するリリーフ投手です。

 6/8拍子の軽やかなスケルツォ風の曲想が続き、一転して転調して滑稽なクラリネットが登場します。これは長男と次男(私)でプレイしている間、幼かった三男が邪魔しに入ってきたイメージです。その姿はまるでミッキーのよう。一方、キャッチボールをしていた私達は失投で隣の家の窓ガラスを割ったりするヘマをするたび、父に叱られるのを怖れて小さくなりました(主審に諭されているミッキーのように)。まぁ、色々やりました。

 父は時折、作曲の合間にキャッチボールに参加してきました。即ち、主題である「ヴィクトリー・カープ」の父親のイメージであり、前半の曲想を伴奏として主題が威厳をもって出張ってくる様は、親子でのキャッチボールをする時の三兄弟の喜びなのです。

第3楽章: 原爆ドーム(A-Bomb Dome) 

 オリジナルの主題に基づく楽章。第1楽章冒頭に現れる「原爆ドームの主題」の本編です。三管編成。

 誰もが羨むほど気品溢れる「産業奨励館」として生まれ、原爆で酷い傷を負いながらも立ち続け、戦後生まれの若い男児=広島市民球場の誕生とカープの成長を見つめ、復興を見届ける半世紀を共に生きた原爆ドームの「母性」の音楽です。中盤の激しい展開は戦火の中を生き抜いた記憶、そして間もなくやって来る若い男児(市民球場)との別れの予感。我が子のように思う市民球場に向かってカープとファンを鼓舞しながら、心は軋むように泣いている、そんなイメージです。

 その昔、広響は指揮者・渡邊暁雄先生が音楽監督の時代にシベリウスなど北欧の作品を積極的に取り上げてきたと聞き、今でも広響は北欧クラシックスは十八番。曲調が北欧風なのは広響の歴史も顧みてのこと。

第4楽章: 灯篭流し (Floating Lanternes)

 1981年の日本シリーズ制覇を記念して書かれた「カープ讃歌」(作詞:有馬三恵子、作曲:宮ア尚志)を主題とした小楽章です。弦楽五部、ハープ、フルート、クラリネット、グロッケンシュピールの小編成。

 広島市を流れる元安川で毎年行われる灯篭流しに、亡き父を思ってのアダージョ楽章。山で集められた水が川を作り、市内を通って海に抜ける間、水は原爆ドームの横を流れ、そして灯籠は夜の川を下り、朝日の指す頃に大海に辿り着く…そんなイメージ。敢えて「鎮魂歌(Requiem)」とは付けません。原爆ドームの不安や心の軋みが癒やされていく様です。闇を抜けて光の射す方へ、希望の楽章。ほら、広島はカープと共にそうしてきたではありませんか。

 「カープ讃歌」が奏でられる前半は、父・宮ア尚志の書法(作曲法)を徹底して取り入れました。それが出来るのは現在、この世で私だけでしょうし、もしも父が生前にこの作品を書いていたら…というあり得ないチャレンジだと思って頂けると幸いです。父が音楽を担当した「さびしんぼう」、「姉妹坂」等、尾道出身の大林宣彦監督の映画がお好きな方はピンと来るかもしれません。オマージュってヤツです。

第5楽章: ザ・ゲーム/フィナーレ (The Game/Finale)

 カープは広島市民球場からマツダZOOM ZOOMスタジアムへと拠点を移していきます。野球観戦に来る人々の賑わい、試合時の大歓声、“若き鯉たち”の熱いゲーム、カクテルライトの明かり…原爆ドームは広島市民球場と共に復興を見つめた半世紀を振り返ります。良い時も悔しい時もありました。球場の向かいでファンと共にカープを、広島を応援しました。皆と共に喜び、泣きました。

 各楽章の主題が全て登場し、クライマックスでトランペットが「それゆけカープ」が吹き鳴らす時、トロンボーン隊を含む楽団員が応援バットやスーパーメガホンに持ち替えます。

 そして最後には広島市民球場との別れの時。反戦・核兵器廃絶のシンボルとして立つ原爆ドームは、広島カープとファンへ、新しいスタジアムに向けて遠くから一人でエールを送り続ける…シンフォニー冒頭の「原爆ドームの主題」がピアニッシモで再び奏でられ、母の愛のイメージで終わります。あなたをいつだって見守ってるよ、と。



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